嫌いなものは嫌いでいい?神父さんに聞いた「肯定翼」の話

嫌いなものは嫌いでいい?神父さんに聞いた「肯定翼」の話
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あなたには嫌いな「もの」や「人」がありますか?





自分と似ているが故の「同族嫌悪」、自分とは全く違うが故の「異質排除」

嫌いになることは仕方ないし、無理に好きになる必要はないと思います。でも、立ち止まって考えて欲しいのは、あなたは本当に「それ」が嫌いですか?ということです。

あなたが本当に嫌いなのは?

仮に、あなたが嫌いと思っている人をAさんとしましょう。あなたはどうしてAさんを嫌っているのでしょうか?

自信過剰で傲慢な態度?自分のタイプではない外見?嫉妬深い束縛体質?

Aさんが嫌いという思い込みによってどんどんその人の悪いところに目がいっている自分に気付きませんか?

実は、あなたが嫌いなのはAさんそのものではなく、Aさんの「傲慢な態度」や「束縛体質」というその人の一部に過ぎません。

それがどうしたんだ、大した違いはないじゃないか!

と思われるかもしれませんが、これを意識するとしないでは大きく対応が変わってきます。

もっと噛み砕いて分かりやすい例を使って考えてみましょう。例えば、トマトを噛んだ時のプチっとした食感が苦手としましょう。

トマトが嫌いというざっくりとした情報では対策の仕様がありませんが、食感が嫌いとあればいくらでも対策出来ますよね?すり潰したり、細かく切り刻んだり、ケチャップにしたり。

「好き」「嫌い」という言葉は端的で分かりやすい反面、あらゆる要素を排除して考えてしまう恐れがあります。

相手に好きと伝える時にも、「〇〇の〇〇しているときの〇〇が好き」というように具体的に考えてみると、より相手のことを好きになれると思いますよ。

神父さんが語る「肯定翼」のお話

さて、ここで僕が20歳の時に教会の神父さんに聞いた「嫌い」との向き合い方をご紹介しましょう。(*僕はキリスト教徒ではないので、このお話がキリスト教と関係しているかは不明です。)

神父曰く「相手を認めることが出来る範囲は人によって違います。それを私は翼を使って表しています。」

そう言いながら、神父さんは自分の両手を前に出しました。

「あなたの翼はどのくらい開いているでしょうか?30度?90度?」

「その翼の中にあるものがあなたの認められるものです。相手が動いて、その翼の中に飛び込んできてくれる事は滅多にありません。では、どうすればいいのでしょうか?

あなたの翼を少し開いてやればいいのです。相手を認め肯定すればいいのです。」

この話を聞いた時、僕はなるほどと思いましたね。

しかし、冒頭で話したように、「嫌い」と決めつけてしまっては嫌な部分が見えすぎて、この「肯定翼(こうていよく)」をいくら開いてもその人を認めることが出来ません。

一部が苦手だから、全てが嫌いとは言わず、もう少し冷静に「何が嫌いなのか」考えてみてはいかがでしょうか?

その神父さんは最後にこのようなことも言っていました。

「どうしても嫌いなものは仕方ない。出来る限り関わらないことです。だいたい

好き:普通:無関心:嫌いの割合を3:2:4:1くらいでちょうどいいんです。あなたに対する評価もそんなものです。あまり気張らず、嫌われても仕方ないくらいの気楽な気持ちで生きましょう」と。

いくらあなたが容姿端麗で性格も抜群だとしても、全員に好かれることは不可能です。そして、あなたが出会う人すべての人を好きになることも不可能といっていいと思います。先に述べたように、意識をすればその「人」を嫌いにならず一部が嫌いだと思うことは出来るかと思いますが。無理に好かれる必要も好きになる必要はないと思います。

でも、誰かを憎んだり、怒りが抑えられなかったりしたときには、この記事で紹介した神父さんの言葉を思い出し、少し冷静になって、自分やその相手の人と向き合うきっかけになればと思います。

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